未来の価値 第68話 |
枢木ゲンブの自殺は、嘘だった。 六家の人間が作り出した偽りの物語。 幼かったスザクは父を止めようと、刃物を突きたてた。 それはあまりにも幼く愚かな衝動で、だが、そうだったのかとC.C.は納得した。 スザクは知らないだろうが、枢木ゲンブはブリタニアと裏取引をしていた。ブリタニアで貴族の地位を約束され、沈む船となった日本を売り渡そうとしていたのだ。まだマリアンヌが生きていた頃に、既に話はそこまで進んでいたため、C.C.は知っていた。 そのゲンブが自害。 何の冗談だ?と思ったものだ。 だがそうか、幼い子供の持つ純粋で愚かな正義が、裏切り者の父親を。 恐らくは、正しい選択だっただろう。 父殺しは大罪だし、それを正しいと言う事は憚られるが、それでもあのままゲンブが望んだとおりに進んでいけば、日本が植民地となった後、敗戦国の首相だったゲンブが何故か貴族入りをしている事を日本人は知ることになっただろう。自国を失ったのに、笑顔で皇帝に傅く姿をみて、人々はどれほどの憎しみを覚えただろうか。 あの男は、息子の手にかかる事で売国奴と呼ばれることなく、今では日本最後の侍とまで言われている。日本人にとってはこの息子の決断と犯罪は価値のあるものだっただろう。だれも、その事を知らないだけで。 全てを知られる。 その恐怖からスザクはC.C.に自らの罪を告白した。 それは、心の奥底に封じていた大罪で、スザクの視線は動揺からいまだに揺れ動いていた。告白すべきでは無かった、でも告白しなければどの道・・・。いや、告白しても結局は。わかっていても、口にせずにはいられなかった。 わかっている。 マオの能力が真実だとすれば、自分はそこに行きたくは無いとスザクは言っているのだ。行けば、全てが明るみに出る。ルルーシュに知られてしまう。ナナリーにもだ。それを恐れ、C.C.に告白する事でこの作戦から降りようとしているのだと気づいた。 「・・・大変だったんだな、お前も。だが、お前が決断したからこそ、ルルーシュとナナリーは今も生きているのだろう。罪は罪だが、お前のその罪に私は礼を言う」 「・・・」 だが、これから行う作戦にスザクは不可欠。参加は決定事項だ。ルルーシュであれば次の手をと考えるだろうが、C.C.はそこまでスザクを護ってやるつもりはなかった。とはいえ、この精神状態では、ルルーシュの策を行うには不安がある。 ルルーシュは、スザクは綺麗な人間だと信じている。ナナリーとスザクは、罪を犯していない純真無垢な存在なのだ。ルルーシュにとっては。いや、この程度の罪でルルーシュのスザクに対するイメージは変わらないか。 「間違いなく、マオはそこをついてくるだろう。お前の罪を、親殺しを。ルルーシュにもユーフェミアにも、ナナリーにも知られたくないと思っているお前の心をえぐりに来るだろうな」 マオなら、喜んで突いてくるだろう。 そしてスザクを追い詰め言葉巧みに誘導し自分の思い通りの手ごまにする。そうやって滅びた街を、私は知っている。マオの言葉は毒だ。魔女の言葉以上の、猛毒。 小さく震えるスザクは、俯いたまま何も言わなかった。 C.C.は小さくなった男の横で、平然とした表情で胸を張り、背筋を伸ばし前を見ていた。移り変わる景色が瞳に映る。 下を向いていても、嘆いていても仕方がない。そんな事をしても何も変わらない。誰も助けてなどくれない。その程度の苦しみで同情するほど魔女は心優しく無い。ここでリタイアするならそれでもいいといいたいが、ルルーシュが望んだ力はスザクだ。スザクが居なければ、ナナリーを救うのは難しいとあの男は言い切った。 何より、政庁をマオが調べていたなら、スザクの記憶も除き見ている可能性がある。つまり、スザクが動いても動かなくても、その情報をルルーシュとナナリーに与え、かき回す可能性は高いと見ていい。 「だからこそ、これは利用できる」 「え?」 C.C.は答えることなく携帯を操作した。 「・・・そうか。いや、計画に変更は無い。ああ、頼む」 電話相手の話を聞いていたルルーシュは次第に渋い顔となり、やがてその両目を閉じながら答えていた。 何か絶対にトラぶったんだ。 うわ~今度はどんな問題だよ!? 神様仏様ミレイ様、どうかこれ以上面倒なことになりませんように! そんなリヴァルの願いも虚しく、ルルーシュは通信を切ると深いため息を吐いた。 「ど、どうしたんだよ?ナナリーちゃんに何かあったわけじゃないよな??」 「いや、ナナリーじゃない。C.C.がスザクと合流して、そこで少し問題が出た」 「少しって顔じゃないぜ?」 「・・・そうだな、少しと言える問題ではないな。スザクを頼ったのは失敗だった。俺たちは、あいつの、スザクのトラウマをこじ開けてしまった」 「へ?トラウマ?」 「触れてはいけないものに触れ、開けてはいけない扉を開けた。それでも、スザクは手を貸してくれると言ってくれた」 まさか、あいつがこんなものを抱えているとは。 いや、だがこれで納得もいく。 自分の子よりも年下のナナリーを後妻に迎えようとした枢木ゲンブ首相が自殺など、当時も信じられなかった。あの男は、スザクとは真逆で欲の塊だった。自分の出世のために、地位のために、保身のために何でもする男だった。よくあんな男からスザクが、と思うほど。 幼かった俺は、ナナリーとの婚約を解消させるため裏取引をした。 それもあったにも関わらずの自殺。 やはりあり得ないことだったのだ。 そして明るい笑顔を無くし、俺たちを護ると言い出したスザク。 ヒントはあったのに、想像すらしていなかった。 あのスザクが、父親を殺していたなんて。 ああ、それを知っていたなら、無理を言ってでも7年前のあの日、スザクを連れていっただろう。枢木ゲンブ首相の息子を俺たちの偽装に付き合わせるわけにはいかないし、首相の息子だから藤堂達が手厚く保護すると安易に考えてしまった。 スザクは、誰かに必要とされたいのだ。 俺と同じで、生きるための理由を求めていたのだ。 それがきっと俺たち兄弟を護る事に繋がっていたのだろう。 それを、俺は俺の願いのために、未来のために拒絶し続けていた。 それだけでもどれほど苦しめてきたか解らないのに、今もまたナナリーのためだとスザクを利用しようとしている。スザクのトラウマを無視し、むしろそれを利用しようと。 「俺は、最低だな」 「え?」 「いや、何でもない」 自嘲するルルーシュの考えが解らず、リヴァルは眉を寄せた。 「でも、何かあったんだろ?スザクが怪我してたとか?」 「いや、あいつは健康そのものだよ。体に異常は無い」 「そっか?ならいいけどさ」 「それよりも、これからの作戦の話だ」 「ナナリーちゃんは、あそこにいるんだろ?」 リヴァルは山を指さした。 ここからは見えないが、あのケーブルカーの先にある駅にナナリーとマオがいる。その姿を今も遠くからミレイとシャーリーが監視している。マオのギアスの効果範囲外だから、こちらの動向は気づかれていないはずだ。 C.C.は自分が行けば済むというが、もうそんな話では無くなっている。あの男は、C.C.が心を砕いた人間全て消し去って、彼女の心の中に自分だけを置きたいのだ。 スザクを作戦から除いても、万が一作戦が失敗した場合、ナナリーの命が失われるだけではない、マオは必ずスザクも壊しに行くだろう。 だから、もう引く訳にはいかない。 進むしか無い。何があっても。 「ナナリー、もうすぐだ。もうすぐ、スザクが来る」 ナナリーが誘拐されてもうどれだけたったか。 時計を見れば間もなく8時を回る。 昨夜から動いてくれているリヴァル、ミレイ、シャーリーもそろそろ限界だろう。あの男のふざけたゲームにひっかきまわされ、ようやくここまで追い詰めたのだから、絶対に逃がしはしない。 |